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LIFE STYLE
軽井沢への移住のキッカケは人それぞれ。仕事やご家族構成、ライフスタイル、思い描く理想の暮らしも十人十色です。今回は、首都圏から移住された3組のご家族の移住についてご紹介します。


―みなさんの軽井沢移住のキッカケは何だったのですか?
都内から移住した加藤さん一家の当初の移住のキッカケは『子どもの子育て環境』でした。「東京に居た頃は、代々木上原のマンションに住んでいました。子どもの出産に際しては、自宅から徒歩圏内に病院等様々な施設が揃っており、その利便性の良さに満足していたのですが、2人目の子どもが生まれた時に、『自然環境豊な軽井沢で子どもを育てたい』と思いました。」
「軽井沢で結婚式を挙げたこともあり、当時からいつか住んでみたいという思いがあり、いざそのタイミングになってみた時に『森のようちえん ぴっぴ』や『風越学園』など、軽井沢には自然の中で子育てができる環境が整い始めていたことで踏ん切りがついたと言います。しかし、軽井沢移住を親しい知人らに相談したところ、最初は「別荘買えば?」「仕事は辞めるの?」「東京から離れていいの?」という声があったそうです。」
「東京での生活では仕事や家族以外の時間が中心となり、家族との時間にフォーカス出来ていない日々が続いていました。家族と向き合う時間を増やしたい、家を出たらすぐに遊べるような環境が良いなと思って、ここに辿りつきました。」と加藤さんは振り返ります。

東京で大手デベロッパーに勤務している柴田さん。
元々軽井沢は旅行で何度か来訪しており、素敵な別荘地だなという印象を持っていたと言います。当時は住むところというイメージはなく、あくまで観光という観点で考えていたそうです。しかし、2014年にシンガポールへの海外勤務が決まり、帰国した際に東京の住宅価格の高騰ぶりに驚き、それが移住の第一歩となったと言います。
当時、東京オリンピックを目前に控え、地価上昇や新築マンション販売戸数の増加に伴い、首都圏ではマンション1戸あたりの販売価格が6000万円~1億円という相場に。「この広さでこの価格なのかと驚きました。そこで小田原や三島など候補地を見ていったときに、軽井沢も1時間ちょっとで通勤できることに気が付きました。TwitterやSNS上で先輩移住者が軽井沢生活の情報発信をされていて、新幹線通勤でも大丈夫そうだなと思いました。」と柴田さん。

通勤に加えて軽井沢での物件探しで不動産屋を訪れた際に、風越学園の事を知り、子どもが楽しめる学校教育という点が加点要素となり軽井沢への移住を決定したと言います。
「僕の場合、移住について反対の声はなかったものの、周囲からはものすごく驚かれました。『そういう選択肢ってあるんだ?』という声はありましたね。特に同年代の同僚や友人は賛同してくれる人が多かったです。移住したいと会社に相談した際には新幹線通勤制度はまだなく、新幹線通勤は極めて珍しかったそうです。」

ITコンサル・組織開発コンサルティング企業の代表である吉田さんの移住のキッカケは子供の教育環境を考えた時に出会った「風越学園」だと言います。当時、川崎に住み夫婦共働きだった吉田さんご夫妻。

「子どもが生まれて妻が育児に専念することになり、必然的に保育園ではなく、幼稚園に通わせることが決まりました。幼稚園選びの際には、お受験園や新教育系など様々な特徴のある様々な園を見ていく過程で、夫婦の間で子どもに対してどんな風な環境を提供したいかが見えてきました。」

「そんな折、知人から軽井沢にある風越学園の事を聞き、当時風越学園が開催していた幼児向けの「かぜあそび」体験会に出会い、すぐに「かぜあそび」の説明会に参加し、その足で軽井沢の不動産屋に足を運びました。」と振り返ります。
「ひとつ決め手になったのが、『軽井沢に(移住をしに)行けない理由はないよね』ということです。」風越学園に行ってみたいのか子どもに確認を取り、夫婦で話をしていく上で、『絶対にあそこじゃなきゃダメだ』という決定打や焦りなどはなく、逆に行ってみて何かあったらその時にまた考えたらいいよねと。」
こうやって話しながら気付いたのですが、『今どこで暮らしたいの?と聞かれたら軽井沢であって、また何かあったらどこかに行くかもね』という共通認識は夫婦の中で持っていると思います。」と吉田さんは語ります。

―軽井沢への移住に際して、ハードルは高くなかったですか?
「軽井沢への移住は移住というよりは引っ越しに近い感覚ですよね。」と柴田さん。「そんなに別に気合を入れてこなければいけないという程ではなく、よくも悪くも東京経済圏ですし、僕も転職せず新幹線通勤で通えていますしね。なので一大決心感はなかったです。」
シンガポールへの海外勤務経験がある柴田さん夫妻にとっては、海外生活を夫婦で経験したことで日本国内への移住はハードルが低くなっていたと話します。「東京で飲んだ後に、同僚が八王子に帰宅すると言っていて、通勤時間を聞いたらドアtoドアで90分。軽井沢までと同じなんですよね。でも八王子は移住とは言わない(笑)。しかも軽井沢への通勤は絶対座れるんですよね。」

「住みたいところに住むことが大切で、暮らしの充足度がポイントだと思います。」と加藤さん。
「足るを知るというか、僕は日常の中で夜暗くなったら星が見えて、朝日が昇ったら明るいなと感じる。これで十分だなと思っています。子どもたちが自分で遊んで探求できる環境を提供したかっただけで、この先の進路や将来のことは子ども自身が選択し決めることだなと。」
大学を米国で過ごされた経験をもつ加藤さんにとって、『移住=Life Shift(ライフシフト)』であり、ライフステージがAからBへと移り変わり、たまたま住むところが変わっていくだけであると言います。「実際に『どうしたら移住できますか?』という質問をよく受けるのですが、自分の物差しで何をもって良しとするかを明確にすることが大切かなと思います。」
我々の中にはそれぞれの物差しがあって、人の物差しで見ると実際の暮らしとのギャップが生まれたりして生活が辛くなってしまうのではないかなと。移住と引っ越しの違いには何かの境界線があって、渋谷から横浜へは移住とは言わないですよね。どこからが移住になるのか、それは心の距離なんじゃないかなと思います。」
―この先もずっとという、軽井沢での永続的な暮らしを見据えていますか?
「今は子どもの環境を考えて軽井沢にいますが、人生100年時代なので色々なことを経験したい。子育てが一段落したら違う環境で夫婦の時間を過ごすのもいいねと話をしています。」と加藤さん。
「ずっと軽井沢に居るかは分からないですが、子どもがティーンエイジャーになったときに子どもがどこに居たいかは分からないですよね。その時には東京に居るかもしれないし、どこにいるかはその時にまた考えたらいいかなと思っています。」と柴田さん。


「東京で一軒家と言うと、もう永住という考えがありますが、軽井沢で一軒家というとそうではないかな。ここまで来たから、また別のところに行ってもいいという。もし清里に新幹線が止まっていたら、どうだったかな?と思うこともあります。もし清里だったら二地域居住だったかもしれない。軽井沢に新幹線が停まるということが移住の重要なポイントかなと思います。」と吉田さん。

移住という言葉は元々、『他の場所に永住することを目的として住む場所を移すこと』を示します。元来は一時的に他の場所に居住することは移住とは呼ばなかったものの、二地域居住の浸透やライフステージごとに住む場所が変わることが当たり前になった現代においては『一箇所に永続的に住む』こと自体が稀になっていると言えます。

―移住に関しての情報収集はどのようにしていましたか?
「いわゆる移住に関するポータルサイトで言うと、地方は圧倒的に少ないんですよね。でも、軽井沢で見てみると情報発信している人が多いのが特徴だと思います。東京程ではないですが、情報を取ろうと思うと十分かなと。来ないと分からないだろうなという事がたくさんあると思うので、あとは現地で実感することが大切かなと思います。」と吉田さん。
移住前には想定していなかった“予想外のメリット”という点で、人との繋がりを挙げてくれた柴田さん。「大人になると、特に東京では同期や取引先の人といった仕事以外の完全に利害関係のない友達ってなかなかできないですよね。こっちでは土地柄がそうさせるのか、みんなフラットで、仕事の話は全然しないんですよね。」
加藤さんは「軽井沢のいいところは東京ではなかなか会えない人と知り合えたり、気軽に人と繋がれるところですね。軽井沢は転地療養地で鎧を脱いで自然体で過ごす歴史もありますので、人との関係に上下関係がなく、非常にフラットだなと感じています。」と話してくれました。

実は柴田さんと加藤さんの出会いはTwitterだったそう。
移住前に情報収集がてらSNSで移住関連ツイートを検索して、繋がり、住んでいる人に質問をしたり、実際に会ったりと繋がりが増えていったと言います。
実際に近年軽井沢移住に関してYoutubeやSNSを活用して積極的に情報発信をしている移住者は増えてきています。
「例えば公園情報って、あんまりネット上に詳細が載ってたりしないんですよね。なので、どんな遊具があるのかとか、そういった情報をTwitterで調べたりしてましたね。」と柴田さん。「移住関連についてつぶやくと、多方面からコメントが来たりといろんな人と繋がれますね。」と話してくれました。
―SNSではどんな人と繋がることができましたか?

軽井沢に移住して通勤していた方のブログや、Youtubeなども参考に見ていたと話してくれました。昨今、実際にSNSでは軽井沢での建築、新幹線通勤、子育て中のママ等様々な情報を発信している人が増え続けています。特に軽井沢は東京をはじめとした首都圏からの移住者が多く、実際に暮らす前に参考になる情報を入手しやすいというメリットがあります。
―土地選びはどのようにしていましたか?
「うちの場合は、新幹線通勤なので、駅前の利便性と子どもの学校への送迎が優先条件でした。その他には不動産屋の観点なのかもしれませんが、湿気が低いところというのがプライオリティが高かったですね。軽井沢は比較的湿気が多い場所が多いので、その中でも少ないところを選びました。後は西側へのアクセスのしやすさも重視しました。」と柴田さん。

3組のご家族の移住から見えてくるストーリーの中で、移住前に行いたい大切なことの一つに『夫婦間でのコンセンサスが取れていること』があります。
軽井沢には現在、園舎を持たない信州型自然保育特化型施設「森のようちえん ぴっぴ」や、2020年4月に開校した幼少中混在校の「風越学園」、そして全寮制インターナショナルスクール「学校法人UWC ISAK JAPAN」という新しい教育機関が続々と設立されています。これらの学校を機に子育て環境を見直し、軽井沢への移住をするご家族が年々増え続けています。
また、コロナ禍でますます首都圏からの軽井沢移住傾向に拍車がかかり、本格的に移住を検討する人は増え続けています。しかし、遊びにくる観光面での軽井沢と、暮らす生活面での軽井沢の顔つきは大きく異なります。
今回のインタビューでは、3名の方々全員とも冬の寒さや新幹線通勤など、生活面はトライアルをして本当に暮らせるのか実感してみることが大切だと教えてくれました。
また、移住ストーリーのキーワードとして、「夫婦で考えている時間が絶対的に大切である」ということが見えてきました。子供の教育や子育て環境が移住のキッカケだったけれども、子どもの教育だけではなく、夫婦二人の腹落ち感があるかどうか、移住を考える上でのプロセスが最も重要だったと言います。
―――リモートワークや在宅勤務、二地域居住、新幹線通勤など、かつては想定されなかった状況が当たり前のひとつとして選択でき、認められつつある時代になってきました。どこに住むか、どこで働くか、何を大切にするのか、暮らしの選択肢は日々広がっています。例えどこに住んでも、またそこで何が起きても、次に新たな場所に移り住む時であっても、当事者同士の中でライフデザインについて話し合い、共通した認識を持つことで、充足した日々を過ごすことが出来るのではないかということが分かった今回のインタビューでした。
ご協力いただいた、加藤さん、吉田さん、柴田さんありがとうございました!
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